JFK

1963年11月22日から56年。

オリバー・ストーン監督のJFKを見た。アメリカ的でありハリウッド的な映画だなぁ。なかなか良かった。

正義は自然に生まれるものではなく、独立した個人が作り出すものであるというところが印象的だ。実にハリウッド的。愛国の取り合いなんだな。伝統的に愛国でありかつ反政府なんだ。日本だとなんでそうならないんだろう。アメリカはやっぱ国を「作った」という意識が強いんだろうなぁ。

日本は愛国がもうネタ化しちゃって反政府だと非国民だという何とも訳の分からん言説がまかり通っちゃう。

まぁ、かと言ってアメリカの憲法パトリティズムも欺瞞をはらんでるわけだけどねぇ。マニフェスト・ディスティニーだってまぁ東海岸から広げる方にとっては正義かもしれんが、虐殺されるインディアンにすればたまったもんじゃない。

まぁ、正義は「誰にとって」のが常にあるわけだね。やはりここでも我々問題。

まぁ、映画としてはハリウッドにとっての正義なんだけど、それはそれとして見る人を共感させた上で引きずり込むってのがいい映画なんでしょうかね。逆に突き放すっていう手法で芸術的にする方法もあるんでしょうな。ジョーカーなどは突き放し系ですかね。場合によっては共感しちゃうから怖いってことかもしれない。

わしはまぁ法廷物がやっぱり好きで、クライマックスの弁論で感動しちゃう。A few good menなんかも正義をめぐる物語ですなぁ。あの場合は「状況」により正義は変わりうるってのがテーマかな。映画としては、状況によらない「正義」がありうるっていう作りだけど、そんなのは多分虚構で状況、立場により正義は変わりうるんでしょうね。

正義は与えられるものじゃなくて作り出すものってのは実にアメリカ的で、その作り出した正義に従おうってのがアメリカのやり方なんでしょうね。でも、トランプさんはそれをひっくり返そうとしてるから叩かれるのかな。しかし、トランプさんにしてみれば、白人にとっての正義を主張しているわけだから実にアメリカ的に振る舞ってるってことかもしれない。リベラルからすれば、“虚構”の「みんな」にとって良いことしようと言っているわけだ。で、それに反してそんなみんなにとってという言説は虚構をもとにした欺瞞だ、そして、虚構にもとづいてフェイクニュースを流してるリベラルマスコミなんか信じるに足りん。我々は「真実」=「あっぴろげなもの」に基づいて行動するんだ。つまり、右からすれば左の人たちの言ってることは理想主義の果に行き着いた偽善であり欺瞞であり真実に基づく生き方からの逃避であると見える。で、左からすればそれに対する反論は「それをいっちゃぁおしめぇよ」としか言えない。左は「瘠我慢」こそ人間の美徳だと主張し、右は「瘠我慢」なんてする必要ないじゃん、我々にとって都合の良いことが「正義」なんだと主張する。

それでもやはり「痩我慢」ってのは重要だと思うんだ。その「瘠我慢」により社会が保たれるんだと思うんだけど、甘い主張でしょうかね。

閑話休題。

JFKの最後のジム・ギャリソン による弁論。

ここで[truth]が多用されてるが、まぁ、このtruthが存在するってのは自明の前提でしょうなぁ。そこから疑いたくなります。

“when the old one ain’t workin’, just, just a little farther out West. “

これも、勝手だよなぁ。

まぁ、改めて見るとツッコミどころはありますが、映画を見たときは感動したことは確か。

家族が「原動力」になっているところも実にハリウッド的ですな。

面白い映画でした。

“A patriot must always be ready to defend his country against its government.” 

これだな。オリバー・ストーンの言いたいことは。リバタリアン的保守。どれくらい生き残ってるのでしょうかね。日本では壊滅状態でしょうねぇ。宮台真司ぐらいですかね。鈴木邦男もそうかなぁ。持ち上げ過ぎか。